裏を見せ 表を見せて 散る紅葉


by wanderingpoet
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世界の教え

世界は常にあなたに教える。

「その行為にはこの結果が必然的にやってくる。」と。
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# by wanderingpoet | 2009-02-11 04:39 | 思想の万理

神秘、悟り、奇跡

神秘にはそれが如何に神秘的かという文脈の付加などいらない。

悟っているかどうかを認定するためのチェックリストなどない。

奇跡を起こす方法論などない。
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# by wanderingpoet | 2008-04-02 13:24 | 思想の万理
世界は全てを記した聖書であり

あらゆる姿であなたを導く導師である
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# by wanderingpoet | 2008-02-11 18:47 | 言葉の万理

稽古日誌用ブログ

稽古日誌は

彷徨える古武道稽古日誌
http://wanderingpoet.blog.shinobi.jp/

の方に徐々に移行しようと思います。
まぁ当分の間、過去の稽古日誌はこちらに残っていると思いますが、新しいのは上記のブログで更新するのでよろしくお願いします。
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# by wanderingpoet | 2008-01-16 00:57 | 日常の万理
幻想は現実に劣るものではない。

現実に劣る幻想とは「幻想よりも現実の方が上と主張し、己の幻想に過ぎないものを現実と称しているが如き幻想」である。
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# by wanderingpoet | 2007-11-17 23:43 | 思想の万理

お餅一個=ご飯茶碗一杯

「お餅一個=ご飯茶碗一杯」というが、その茶碗は小さい。小さすぎる。

これは何のたとえ話でもない。
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# by wanderingpoet | 2007-08-30 01:32 | どうでもいい万理

虹に境界線を引くこと

色と色の境界を確定的にしようとすればするほどその境界を分ける単位は小さくなるが境界そのものを引くことは出来なくなる。

アキレスが亀に追いつけないのとおそらくは同じ罠である。

だから解決方法がないわけではないと思う。
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# by wanderingpoet | 2007-08-14 14:27 | 言葉の万理

世界とは虹のようなもの

世界とは虹のようなものだ
グラデーションの中で色と色の境界線を確定的に引くことは出来ない

しかし我々はここの辺は赤、この辺は橙、この辺は黄色・・・・ということにしている
色の名前を多く知っている人はもっと細かく分けることが出来るだろうし
知らない人はもっと大まかに区別するだろう
a0032061_13515925.jpg


分けるとはこれとこれは違うものだと認識することである。
あれとは違う、あれとも違うという相対的な関係でしかある色の立場は決められない。
色とはそれそのものが存在するものでなく、グラデーションの中で他の領域との関係によって決められた制度でしかない。

要はソシュールの「言語の指示対象(と言語の発音自体も)は「われわれははっきりとある対象物についてその名前を与えているのではなく,名前を付けることによって世界からそのものを「区別(差異化)」しているのである.そして,その区別の仕方はその言語体系によって様々であり,絶対的な決まりがあるわけではない.これを「言語の恣意性」という.」「これでもなく,あれでもないもの」というような「差異」によってしか表現できない」というのとほとんど同じである。
別に私の独創ではない。

ただ「世界とは虹のようなものだ」というフレーズがキザだし、グラデーションで視覚的にわかりやすいので、これを使う。
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# by wanderingpoet | 2007-08-14 14:17 | 言葉の万理

新たなる太陽の王

新たなる太陽の王とは何か?

古くから太陽は信仰の対象であり、多神教のヒエラルキーでも最高神であることがよくある。
古代の社会では宗教と王権は同一の権力であるが、時代がすすむにつれて宗教と王権は分離し、宗教世界の長である司教と現実世界の長である王の分権構造をとることが少なくない。

「太陽の王」ということは、古代に分離した権力を再び中央集権化した絶対的権力を思わせる。
実際「太陽王」と言えば、「朕は国家なり」の言葉で有名なルイ14世のことである。

もっと太陽とそれにまつわる文化的イメージに関しては考えるべきところがたくさんあると思うのだが・・・

以上のことはさっきとなりのコンビニで見つけて、そもそもこの日記のきっかけとなったこれとはほとんど関係はない。

味はまぁ普通だった。
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# by wanderingpoet | 2007-07-13 00:48 | どうでもいい万理

サイケデリックな無為

「無為こそ過激」なんていう言葉もありますが、私は逆に「サイケデリックな無為」というのもあるのではないかと思います。

いわゆる「足し算ではなく引き算、無駄なものを全て引いていった表現」という説明があるわけですが、それに対するアンチテーゼとして、「足せるだけ足していったところにあるゼロ」です。

ま、真実においてはどちらも人間の所業ではなく、「出来た」と思うのは驕りであると私は思います。
あくまで「私は」です。
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# by wanderingpoet | 2007-07-10 17:38 | 思想の万理